Gonna take you to paradise

 老婆がこの家へ来たのは六十を越えてからだった。六十の坂を越えてから他人の家へ後妻として入る迄には、老婆も色々な世間を渡って云ひ尽せない苦労の中も通って来た身だった。初めこの家へ老婆を世話したのは町の筆屋の勝野老人だった。
『根は愚かだけれど極くの正直者で……』
 勝野老人は不仕合せな老婆の身の上を語った。みよりのないと云ふのが却ってこちらには乗気だった。
『山の中の御大家だ!』老婆は勝野老人からその事を聞かされた。
『おめえもかうやって居ってどうするつもりだ。誰に死水取って貰ふ人もいないのぢゃ仕様あるまい……』
 それは人に云はれる迄もなく老婆自身行末の事を考へれば心細い限りだった。行末どころではない。今日今の生活が凌ぎかねてゐるのだった。老婆はその頃何人目かの亭主と別れて、裏町の勝野老人の長屋に独りで暮してゐた。人の家へ雇はれたり元結の下撚を内職にしたりしてやっとその日を過してゐた。

私は私のこころにふれ
私の一番懐しい私を
彼処に
そして 一人はもう此の世を去った過ぎし日に
時と処とを越えて見出した

ああ その歓び その深い歓び
永遠の自分を感じた霊の潤い
これこそ まことの私の幸福
それにしてもそれにしても
その僅な時をすら与えられないとは

友よ 取ろうではないか
この最もハンブルな 無形な幸福を――いやその幸福を 邪魔する間垣を破ろうではないか
永遠の人類のために――さあ
そのために此の身を捨てても進もうではないか
我等のつとめを果すために

 私は神戸に来てから三年くらい旅行の味を知らなかった。大正十年遠山様設立のデデイル会(三菱)に入ってからこの味が少しわかりだし、大正十三年以来兵庫県内の国道と県道を四百里ほど歩いた。大正十四年の八月終りには蓮華温泉から白馬岳に登り鎗温泉に下り、吉田口から富士山に登り御殿場に下山を皮切りに、九月には大峰山脈を縦走し大台ヶ原山に登った。十月には大山に登り船上山へ廻ってみた。大正十五年七月中頃には岩間温泉へ下山、七月終りには中房温泉から燕岳へ登り大天井岳西岳小屋を経て槍ヶ岳の絶頂を極め穂高連峯を縦走し上高地へ下山、平湯から乗鞍岳に登り石仏道を下山、日和田から御嶽山に登り王滝口下山、上松から駒ヶ岳に登り南駒ヶ岳まで縦走し飯島へ下山、八月中頃には材木坂を登って室堂にいたり浄土山、雄山、大汝峰、別山と縦走し劔岳を極め長次郎谷を下り小黒部を経て鐘釣温泉へ下山、八月終りには戸台を経て仙丈岳を極め引返し駒ヶ岳へ登り台ヶ原へ下山、大泉村から権現岳を経て八ヶ岳連峰を縦走し本沢温泉へ下山、沓掛より浅間山に夜行登山をなし御来光を拝し小諸へ下山等の登山をした。
 これらの登山中私はいつでもリーダーなくただ一人だったから、日数は割合多く費やしたが費用は少なくてすみ、精神修養、山への自信等多くの利益を得た。