永井 荷風

 住みふるした麻布の家の二階には、どうかすると、鐘の声の聞えてくることがある。
 鐘の声は遠過ぎもせず、また近すぎもしない。何か物を考えている時でもそのために妨げ乱されるようなことはない。そのまま考に沈みながら、静に聴いていられる音色である。また何事をも考えず、つかれてぼんやりしている時には、それがためになお更ぼんやり、夢でも見ているような心持になる。西洋の詩にいう揺籃の歌のような、心持のいい柔な響である。
 わたくしは響のわたって来る方向から推測して芝山内の鐘だときめている。
 むかし芝の鐘は切通しにあったそうであるが、今はその処には見えない。今の鐘は増上寺の境内の、どの辺から撞き出されるのか。わたくしはこれを知らない。

 大方帳場の柱に掛けてある古時計であらう。間の抜けた力のない音でボンボンと鳴り出すのを聞きつけ、友田は寐てゐる夜具の中から手を伸して枕元の懐中時計を引寄せながら、
「民子さん。あれア九時でせう。まだいゝんですか。」と抱寐した女の横顔に頤を載せた。
「あら。もうそんな時間。」と言つたが、女も男と同じやうに着るものもなく寐てゐたので、夜具の上に膝を揃へて起き直りながら、
「浴衣どこへやつたらう。これぢや廊下へも憚りへも行けませんよ。」
「かまふもんですか。廊下にや誰もゐやしません。」
「でも、あなた。話声がするわ。お客さまぢや無いか知ら。」
「われ/\と同じやうな連中でせう。」
「憚りも二階でしたわね。」
「洗面所の突当りでせう。構ふもんですか。」
「でも、これぢやアあんまりですわ。」

 船橋と野田との間を往復してゐる総武鉄道の支線電車は、米や薩摩芋の買出しをする人より外にはあまり乗るものがないので、誰言ふとなく買出電車と呼ばれてゐる。車は大抵二三輛つながれてゐるが、窓には一枚の硝子もなく出入口の戸には古板が打付けてあるばかりなので、朽廃した貨車のやうにも見られる。板張の腰掛もあたり前の身なりをしてゐては腰のかけやうもないほど壊れたり汚れたりしてゐる。一日にわづか三四回。昼の中しか運転されないので、いつも雑沓する車内の光景は曇つた暗い日など、どれが荷物で、どれが人だか見分けのつかないほど暗淡としてゐる。
 この間中、利根川の汎濫したゝめ埼玉栃木の方面のみならず、東京市川の間さへ二三日交通が途絶えてゐたので、線路の修復と共に、この買出電車の雑沓はいつもより亦一層激しくなつてゐた或日の朝も十時頃である。列車が間もなく船橋の駅へ着かうといふ二ツ三ツ手前の駅へ来かゝるころ、誰が言出したともなく船橋の駅には巡査や刑事が張込んでゐて、持ち物を調べるといふ警告が電光の如く買出し連中の間に伝へられた。